脳卒中から助かる会 ☆☆

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要望書

平成19年 5月31日

中田宏横浜市長に対する
         市立脳血管医療センター再建の要望

「脳卒中から助かる会」
代表 上野 正
(東京大学名誉教授 、日本学術会議元会員)

T要望提出の背景と趣旨
U市長に対する要望
V説明と補足

T要望提出の背景と趣旨
 現代の脳卒中医療では、発病直後の優れた治療によって非常に良い結果が得られますが、 これには毎日24時間脳卒中専門の医師が現場に待機し、MRIなど高度、高額の機器が常時使用でき、 先進的な高度の治療には特に優秀な人材が必要なため、これが出来る病院はごく少数です。
  横浜の市立脳血管医療センターはまさにこのような条件を満たす最新鋭の脳卒中専門病院として平成11年に発足。 神経内科や脳血管内治療では一流の医師を得て最高度の治療を実施。 平成16年には関東圏で最多の脳卒中患者を受け入れ、良い治療成績を上げ、 厚生労働省の研究班でも全国で5カ所の中核施設として参画していました。
  ところが平成16年の秋から、このセンターは脳卒中専門病院としては廃止されかねない突然の事態に直面し、 大打撃を受けました。
  まず11月に衛生局がセンターの機能見直しの検討を公表。翌年1月の市会で衛生局幹部 (4月から病院経営局長)がセンターの急性期医療を廃止して、センターをリハビリ施設とする方針を述べ、 ほぼ同時期に消化器外科医がセンター長に任命されて運営に当たった結果、 センターは短期間に医師の半数を失なうに至り、毎日24時間待機体制も一時期停止されました。
  現在のセンターは、まず平成17年暮に救急、急性期医療を継続することが確認され、 その後当時のセンター長と病院経営局長はともに短期間でやめて、運営担当者は一新され、 この春には3名の医師も来任しました。
  然し、センターは依然として大変な窮状にあります。 センターの300床のベッドのうち100床は医師不足のため空いたまま。外来患者も激減しました。
とくに診療の中心となる神経内科医は最多時の13人から5人(実働4人)に減って、 毎日24時間待機体制も大きな困難の中で維持されています。
  さらに痛いのは、センターの混迷期に指導的な医師たちが心ならずもセンターを去らざるを得なくなって、 失われたことです。このため医療の質の維持、向上が難しくなっただけでなく、 名医の指導を求めて熱心な医師たちがセンターに来任してくる流れが停止していることです。
  しかし、横浜市内の他の病院で、脳卒中専門の医師が毎日24時間現場に待機し、 MRIを含む検査機器が脳卒中のために常時使用できる所はありません。
  一方、センターでは毎日24時間の待機体制と、救急患者の受入れから早期のリハビリに繋ぎ、 回復期リハビリに至る体制は今も維持されています。ここに指導的な医師と十分な数の医師が来任すれば、 直ちにもとの機能を回復する基盤は保たれています。これをどうして実現するか。これが当面する課題です。
  現在横浜市では5つの総合病院が地域中核病院に指定され、ここにストローク・ユニット (SU:脳卒中専用ユニット)の設置が計画されていますが、 これらの病院の規模から見て横浜のような大都市に必要、かつ適切な専用病棟型のSUの設置は困難と推測されます。 仮に専用病棟型のSUが出来たとしても、その規模と機能はかなり限られたものとなるでしょう。 このため、横浜市内の脳卒中医療の水準を現代の進歩に会わせて推進、向上させて行くためには、 これらのSUを結ぶネットワークと、そのネットワークの中心となって、 人材養成や急性期の高度医療の実施を担う大規模なSUが必要とされるでしょう。
  そしてまさにそれこそが、 横浜市が300億をかけて作った元の脳血管医療センターがこれから担おうとしていた役割でした。 ちなみに、平成17年秋に特効薬tPAが保健薬として初めて解禁されたとき、 神奈川県内のtPA使用の指導の責任を担ったのは当時まだセンターに残っていた名医の一人でした。
  このように、脳卒中については急性期の優れた対応が最も重要であり、 これは多数の優れた医師と高度の機器を持つ病院に集中せざるを得ない。 これを中心として回復期リハビリから、 日常生活におけるリハビリ指導まで各種の機能を持つ施設のネットワークで医療全体を担う。 (しかも、急性期に対応できる病院間にもネットワークが重要である。)これが今や新しい常識となって、 厚生労働省でも脳卒中と限らず心臓疾患など急性期の対応が重要な疾病について医療体制の整備を始めています。
  こうして、脳血管医療センターの本格的再建は現在の患者、市民にとって是非必要というだけでなく、 将来にわたる医療の方向性に沿った重要課題です。
  これを実現するため、将来を見据えた横浜市としての決断と実行を求めること。 これがU項の要望1−3を提出する趣旨です。

2.ここでは平成15年夏の2件の事故に付いて述べます。どちらも脳外科医達のルール違反の手術によるもので、 一件では男性患者が死亡。一件では女性患者が重篤の障害を負いました。 センター内で早くから問題とされていたのが、管理部門と衛生局の隠蔽のため1年後に明るみに出ました。
  女性患者の件はその後外部調査委員会が医療過誤と判定。関係者は謝罪し、 平成17年1月には脳外科部門の全員とセンターの管理部門、衛生局の関係者多数が処分されました。
  ところがその後センターの対応があまりにもひどいので、 女性患者側が刑事告訴と損害賠償の民事訴訟に踏み切ると、市はそれまでの態度を一変。 医療過誤は無かったと主張し、裁判で争っています。
  一方、平成17年3月センターの医師の2割が転出しましたが、 このうち神経内科医1名(松岡副医長)は本人不本意の人事異動でした。 この医師が事故直後から問題点を厳しく指摘していたことから、専任医師の4割を超える同僚が、 この異動は事故隠蔽の失敗に対する報復人事であるとして公式に疑念と抗議を表明しました。 同医師は人事委員会に不服申し立てをし、公開審理中です。
  刑事告訴については、昨年3月に病院経営局とセンターに警察の一斉捜索があり、 本年2月には当時の脳外科部門の医師全員が過失傷害の容疑で書類送検されました。 また、男性患者の死亡事故でも昨年1月、 センターにおいて横浜地裁による異例の即日証拠保全の措置がとられました。
  こうした際に特に目立つのが横浜市の不明朗な対応です。 家宅捜索後の記者会見でも医療過誤について前病院経営局長と担当部長の説明が食い違い、 書類送検後に中田市長は謝罪の念を表明したが、病院経営局とセンターの事務方は医療過誤を否定し、 謝罪はしない。 こうして、事あるごとにセンターの信用と横浜市の医療の信用が傷つけられ続けるのは堪え難いことです。
  もともと市が依頼した外部調査委員会が医療過誤と認定し、 謝罪と処分まで行った後で医療過誤を否定する事自体不可解な事です。
  今のセンターでは当時の脳外科医は全て転出。 医療過誤を強く否定していた前病院経営局長も前センター長も去り、当時のセンター管理部長も去りました。
今や改めるべきは、市の姿勢と対応です。
  この転機に臨んで、横浜市は認めるべき医療過誤は勇気を持ってはっきり認め、 医の倫理に厳しく抜群の治療能力を持つ神経内科医はセンターの医療現場に戻し、 新しい、道理にかなった再出発をして欲しい。
  これがU項の要望4、5を提出する趣旨です。

U市長に対する要望
1. 脳血管医療センターを脳卒中専門病院として本格的に再建する考えを、 横浜市として内外に明らかにすること
2. 脳卒中医療の学問的中心である日本脳卒中学会にセンター再建への協力と助言を求めること
3 .センターを代表していた優れた医師の帰任と、ほかにも指導的な優れた医師の来任を真剣に求めること
4 .平成15年の女性患者の事故に関し、明確に医療過誤を認め、誠意ある謝罪と補償を行うこと
5. 現在健康福祉局に所属する松岡慈子医師をセンターに異動すること

V 説明と補足
1. 脳血管医療センターは、多数の医師を失ったあと後任を得るのが困難なため窮状にある。 最大の原因は、センターが全国有数の専門病院であっただけに、一時期センターの将来が全く不明となったこと、 センターを代表する名医がセンターを去った事情などが全国の脳卒中関係の医師の間に知れ渡り、 横浜市が信用を失ったためである。 その後センターの救急、急性期医療の継続も確定し、 現在は当時のセンター関係者も一新された。今こそ、横浜市がセンターを本格的に再建する方針を内外に明示し、 広く信用を回復するときである。
2. 自治体が専門学会に協力と助言を求めることは異例とも言えるが、これだけの規模と役割、 実績を持つセンターの機能回復は容易な課題ではない。直接の当事者の努力に加えて、 信頼出来る第三者に協力を求めることは自然である。
  脳卒中関係の学会の中でも、日本脳卒中学会は脳卒中医療の学問的中心であるとともに、 脳卒中医療の急速な進歩に対応する新しい医療体制の方向性をリードする役割を担っている。
  全国有数の規模と実績をもつセンターの機能回復はこの新しい方向に沿って行われる必要があり、 この意味からも日本脳卒中学会への協力、助言の依頼は適切である。同学会の協力が得られるなら、 センターの再建とともに、横浜市の今後の医療の展開にも有効と期待される。
3 .脳卒中専門病院では指導的な高い能力の医師の存在が決定的に重要である。 こうした医師のもとで最先端の医療も進み、熱心な医師が集まって育つ。
  神経内科の畑隆志、松岡慈子の両先生は厚生労働省の研究班の中核にあってセンターを代表し、 センターの急性期医療の中心であった。 特効薬tPAの治験でも全国最高水準の成果を上げて保険薬としての解禁に貢献された。 また、植田敏浩先生は脳血管治療学会認定の指導医で、この資格を持つ医師は全国でわずか70余人、 横浜では唯一人で、多数の優れた治療を実施された。 これらセンターを代表する名医は心ならずもセンターを去られたままである。
  横浜市は、現在の新しい体制のもとでこれらの先生方の帰任と、 ほかにも能力の高い指導的な先生方の招致のため真剣な努力を払って欲しい。
  現在は新研修医制度のため、優れた指導的な医師がいて、 良い条件を満たす病院にはかえって医師が集まっているのが実情である。
4. 医療費の赤字についての論議で、医療の質との関連がほとんど無視されているが、これは問題である。
  脳卒中では発病直後に良い治療が受けられるかどうかで、入院期間にも、後遺症の程度にも違いが出て、 場合によっては生死を分ける。医療の質の差が本人や自治体、国が負担する医療支出、 介護支出の大きな違いとなる。
  もちろん無意味な赤字は容赦なく切り捨てねばならないが、直接の赤字だけに着目して医療の質を落とせば、 別の面でかえって大きな赤字を出し、患者の損害も多大となる。 これでは全体としての経費の節減にはならない。
  医療の質の維持、向上のための経費と入院期間、後遺症の手当、 介護費などを含む経費全体を評価しなければ方針を誤る。
  これまでの「横浜市立病院あり方検討委員会(平成15年)」の審議でも、 「横浜市立病院経営改革計画(平成17年)」でも医療の質と医療費、介護費との関連についての検討が見られない。この点を含めて今後再考すべきである。

  以上は、あくまでも経費中心の話であるが、医療問題をこの視点だけから考えてはならない。 医療のためぜひ必要な問題については、社会を維持するための社会的インフラとして公費を支出する必要がある。
  極端な例えになるが、自治体の経費節減のため警察は廃止して警備会社にまかせ、 行政も全部民間に委託して業者は入札で決めれば良い、という話には無理がある。 医療という業務にもこうした社会的インフラとしての部分があり、この点を軽視してはならない。

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